FASHION / kimono

それは、草履から始まった。

『そろそろ着物なお年頃』 その壱


©浅井佳代子

おしゃれは足元からとはよく言われることだが、そろそろ着物を着たいなと思っている人で最初に草履を誂える人がいったいどれほどいるのだろう。大抵の人は、着物や帯などを揃えるのに精一杯で、なかなか草履までは手が回らない。ところが黒田知永子さんという人は、まだ自分の着物の好みをよく把握しないうちから、いきなり京都の老舗で草履を誂えてしまったのである。

 

場所は、祇園・ない藤。たまたま京都でイベントの仕事があり、その帰りにヘアメイクさんが草履を誂えたいからというので同行しただけである。もちろん、ない藤の草履が着物好きにとって垂涎の店であることはご存知ではあったろうけれど。ご主人のはんなりしつつも明快なプレゼンテーションの効用もあっただろう。ヘアメイクさんがてきぱき草履の台や花緒(鼻緒の鼻をこちらでは花と書く。草履は装履)を選んでいるのにもきっと後押しされただろう。

 

だけど「私、これが好き」と畳表の台を選ぶのに、そう時間はかからなかった。そこへすかさず、ご主人が「畳表をひとつ持っておけば、フォーマルからカジュアルまで対応できますよ」と囁く。鮮やかな即決であった。

 

奥の三和土で、素足になり、甲の高さや足の幅までていねいに採寸してもらっている黒田さんの嬉しそうだったこと。採寸が終わったら、花緒をすげた仮の草履を履いて感触や履き心地を確かめる。ていねいな足との対話から、その人の足にぴたっと吸いつくような履き心地の草履ができあがるのだ。

 

ない藤の草履は、昔から着物好きの作家たちをを魅了してきた。社会学者鶴見和子さんの「きもの自在」には、こう書かれている。

~ 内藤さんは足を見るんです。足を見て、その人の具合のいいように花緒を すえてくれる。一人ひとりの足に合わせて加減する。そこが職人技。はじめて履いたそのときから、ぜんぜん痛くない。足に吸いついてしまう。そして台に弾力がある ~

 

イタリアの老舗シューズメーカーが同じようなことを言っているのを何かで読んだことがある。 ~ 足を入れた瞬間の吸いつくような独得の感覚 ~ 結局、靴であれ草履であれ、、伝統の製法を守りつつ歳月の中でその技が洗われ練られていけば、同じように足に吸いつくような履き心地になるのだろう。ましてやない藤の草履は、ひとりひとりの足に合わせたビスポークである。

 

しばらくたって出来上がってきたのが、この写真の草履である。畳表ではあるが、サイドに柔らかみのあるベージュ色の生地が貼られていて、花緒のベージュとコーディネートされている。畳表のナチュラルな色と柔らかみのあるベージュのトーンに、ない藤のトレードマークでもある赤の前つぼがちょん、と映える。

 

「着物はまったくの初心者なんだけど、これをきっかけにそろそろ着てみたいなと思って」とおっしゃる黒田さん。ハイエンドなファッションを公私に渡って着続けて来た彼女だから、これからどんな着物を選び、どんな着こなしを見せてくれるのか想像するだけでどきどきする。それにしても、老舗の草履から着物生活をスタートさせるなんて、さすがに当代一のファッショニスタだけのことはある。

 

◎祇園ない藤

  • 京都市東山区祇園縄手四条下ル
  • 電話/075-541-7110(ないとう)
  • 営業時間/午前10時30分から午後6時
  • 定休日/不定休(お知らせをご覧ください)

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