©中村成宏(studio navic)
祇園に、帯揚げでめっぽう有名な店がある。キモノ雑誌によると、その帯揚げは芸妓さんたち御用達であるらしく、飛び絞りのそれは誌面ではもう何度も目にしている。長年ずーっと気になっていた。
店の名を「ゑり萬」という。ない藤のご主人に「ゑり萬」の話をしていたら、せっかく黒田さんも来られているしこの後案内してくれるということになった。京都に行けば「ゑり萬」の前はよく通るのでその都度中を覗いてみるのだが、普通の店のように商品が陳列されておらず、ふらりとは入りにくい独特の雰囲気を醸し出している。ない藤さんが連れてってくれるなら、これほど心強いことはない。
こういうときの黒田さんの反応はとても素直で面白い。「え、なあに?そのお店は?」の問いに、「帯揚げで有名なお店なんです。きれいな風呂敷もいっぱいあるらしいですよ」と答えると、即座に「あ。行きたい!」と小学生のように勢いよく手を挙げた。その仕草の、可愛らしいことったらない。さっそく、連れ立って縄手四条を北上する。満足のいく草履を注文したとあって、心なしか黒田さんの足取りも軽く弾んでいる(ような気がする)。
「ゑり萬」に到着、ついに憧れの店ののれんをくぐる。まずは帯揚げを見せていただくことに。こちらは、欲しいものを伝え、その都度出していただくというスタイルである。昔の呉服屋さんというのは、すべからくこういう販売方式であったと聞く。もともと買い物というもの、要るものがあるから出向くわけで、ウィンドウショッピング的な冷やかしでするものではないのである。本当に探したいものがあるときは、こういう店で的確なアドバイスなどももらいつつ真剣にとことん吟味して購入する。本来買い物とはそうした行為なのであると気づく、気づかされる。
看板商品の帯揚げは、飛び絞りと呼ばれるもので、中でも有名なのが白地に赤の輪出し絞りが入ったものだ。同じ赤でも、赤、赤臙脂、中臙脂、濃い臙脂と染の段階があり、年齢とともに渋めの色を選べるようにちゃんと考えられている。芸妓さんいわく「結んだときにいい具合に柄が出る」のだそうだ。人それぞれに体の厚みが違うことも計算に入れて、バランスよく柄の位置を決めているのだろう。常に見られている職業の人たちが支持するのだから、見た目の美しさだけでなく、使い勝手にも優れているのは当然と言えば当然かもしれない。
風呂敷も帯揚げと同じ飛び絞りで、こちらはどっしり持ち重りのするちりめん地である。まだ帯揚げにはピンときていない黒田さんも、ご主人が色とりどりの風呂敷を広げ始めるとたちまち身を乗り出した。普段、ちょっとした小物を包むのに使ったり、旅するときにも木綿の大判風呂敷は愛用しているのだとか。だけど、やはり美しいちりめん地のは格別だろう。座敷に、鶸色、藤色、桃色、水色、鶯色など京都らしいはんなりした色が洪水のように溢れ出す。風呂敷を膝に置き、矯めつ眇めつ色を吟味する黒田さん。「いや〜どれも綺麗で選べない。どの色にしよう」完全にお買い物モードに入っている。さんざん悩んだ末に選んだのは、水色に萬寿菊の赤と紅葉の緑の飛び絞りが映える一枚。「綺麗なものを見るとやっぱり欲しくなってしまう」とご満悦であった。
草履は誂えた。美しいちりめん地の風呂敷も手に入れた。持ち物から着々と攻めている黒田さんである。さあ、これから、いよいよ本丸へ。
◎ゑり萬
- 京都市東山区縄手通新橋角
- 電話/075-525-0529
- 営業時間/午前9時30分から午後6時
- 定休日/日・祝日(不定休あり・営業のときは正午から午後5時)