急いで書かないと、
タケのいのちに置いてけぼりにされてしまうような気がしている。
タケはついてくる。
いつでも、どんなときでも、
どんなにリードをぴんと張って「いきたくない」を主張していても、
リードなしで私が歩き出せば、タケはしかなたくついてくる。
内なる犬的なものがそうさせるのだ。
飼い主の意思には抗えても、犬心には抗えない。
ああ、ほんとに、急いで書かないと
タケのいのちに置いていかれそうだ。
タケの寝相が、どんどん死体っぽくなってくる。
その日、タケは朝の散歩には行ったのだ。
父のときもこうだった。
車に乗せて、もう一度シーツをめくってタケを撫でた。
それはあいかわらずタケだったが、そこにタケはいなかった。
ジャーマン・シェパードのタケとパピヨンのニコとカリフォルニアで暮らした年月。熊本で遠くはなれて暮らす父。介護のため長距離を往復しつつ、父を看取り、父が溺愛したパピヨンのルイをカリフォルニアに引き取り、共に暮らす。読み進むうちに、老犬タケと著者の父親との姿が重なり、生きるということ、そして死へといたるありようについて、考えさせられる一冊です。犬は言葉をしゃべらないけれど、犬心というものはある。私は単行本を買って読んだのですが、文庫には(腹の底から名著だと思った)町田康さんの素晴らしい解説が載っています。
『犬心』
著者 伊藤比呂美 文春文庫 本体620円+税